2017年5月31日水曜日

懐かしさ

インスタントカメラというやつを十数年ぶりに購入して写真を撮った。

というのは今年4月の話。十数年前に修学旅行で京都に行った幼馴染の同級生と、十数年ぶりに再び京都に行った時の話だ。様々な神社仏閣を訪ね歩いている最中に、お土産売り場と並んでインスタントカメラ売り場があったものだから、ついつい懐かしくて購入してしまった。購入したカメラを受け取る時に、売っていたお姉さんに「使い方は…もうおわかりですかね」と言われて、ああ最近だと撮り方を知らずに好奇心で購入したりする若い子もいるから購入時には使い方を教えるようにしてるんだな、と思った。そして、もうおわかりであろう人だと認識されるほどに、あたくしも(見た目的にも)年を取ったということだな、と思った。

年を取るのは寂しいような感じがするけれど、案外年を重ねるほどに楽しみの数も深みも増しているような気はしている。思春期真っ只中で情緒不安定だった中学時代の修学旅行よりは、大人になった今行く京都のほうが気楽だし、行きたい場所に自由に行って目の前の味わい深い風景やおいしいごはんをじっくりと堪能する余裕ができているから、じんわりと楽しく趣深い旅行になった。もうあの頃のようなぴちぴちした10代はとっくに越してしまったけど、年を重ねてしまったことに後悔はない。インスタントカメラを懐かしいと思えるくらいに、自分の中に様々な時代の文化が蓄積されていることも、地味にうれしかったりする。

懐かしいと思えるものが増えるのは良いことだと思う。懐かしい、という感情は不思議なもので、当時は何とも思わなくとも、少し時間が過ぎてしまえば「懐かしい」というだけで何だかそれがすごく貴重でかけがえのないものだったように思えてくる。もうあの頃は二度と戻ってこない、そんなノスタルジックな切ない気持ちを抱きつつも、そんな風に懐かしくいとおしく感じるものが自分の歴史に蓄積されていくことは、なんとも言えない幸福感がある。という気がする。

とか言って己の懐かしさに浸りきった話をし続けていると、特に自分より若い人にはけむたがられるので、あんまり懐かしさを盾に社交の場を乗り切ろうとしないほうが無難。とはいえついついしたくなってしまう懐かしい話。昔すきだった音楽の話。昔着ていたブランドの話。昔使っていたインスタントカメラの話。

そう、インスタントカメラで写真を撮った話だった。今若い人の間でカセットテープが見直されているようにインスタントカメラも流行っているらしいのだが、そう言われると良い年して謎の意地を捨てきれずにいるものだから、そんな流行に乗りたくねえなあとか思うんだけど、まあ買って撮ってしまったらおもしろいものだった。現像してみたら全然ピント合ってない。合ってないけど、インスタほにゃららのフィルターに負けず劣らず渋い味のある仕上がりの写真ができちゃうから、今だからこそまた楽しい遊びになるだろうなと思う。

以上、久しぶりにノリで書いたブログでございました。