2013年8月12日月曜日

iPodに入れた音楽の適当メモ01:苗場に向かう車中のBGMに刺激されて


猛暑と豪雨のここは日本。
夏といえばフェスティバル。
はずせないのはウマいご飯と揺れる音楽。


と、常時フェスティバルみたいな毎日は過ごせないものの、
毎週日曜は、隣駅のTSUTAYAに行くことが楽しみのひとつとなっています。
5枚1,050円でごそっとレンタルしたCDをiPodに取り込んだりしていると、
気付いた時にはもう日曜も終わりの時間。
明日が月曜というその現実から逃れるためにも、
5枚のCDを無心に聞きまくり、例のごとく寝不足の1週間が始まるわけです。


で、唐突ですが、ここ最近借りて、iPodに入れたものを振り返ります。



●奥田民生 「CAR SONGS OF THE YEARS」 「29」
好きだ好きだと言いながら、改めて思えば、民生さんの曲あんまり知らなかった。
なので最近いろいろ借りて聞いてみている。
それにしても、フジロック2013でどしゃぶりの雨の中、
生でさすらいを聞けたのは、すごく感動的だったなあ。

●SOUR 「アンサンブル」
フジロック帰りの車中で、あのホロホロした音を聞いたら、久々にSOURが聞きたくなって借りてきた。
オーガニックなイメージのバンドだけど、ベースの人がなかなかにHIP HOPっぽい感じらしい。
調べてみたらほんとにそんな感じだった。

●真心ブラザーズ 「B.A.D.」
母親がすごい好きで、子供の頃よく一緒に聞いていたこのアルバム。
あと「空にまいあがれ」は、天才てれびくんの歌コーナー、通称ミュージックてれびくんで、てれび戦士の子が歌っていたんだよなあ。
今改めて思うけど、ミュージックてれびくんのカバー選曲はハイセンスだった。
完全にプロデューサーか誰かの世代感とか趣味が盛り込まれている感じが良い。
とかそんな思い出のあるアルバムです。

●yes 「fragile」
「Roundabout」を、フジロックに一緒に行った人のiPodで聞いたら、
かっこよすぎて悶絶したので、東京に帰ってきて即借りました。ベースがかっこよすぎる。
ジョジョのエンディング曲だったみたいですね。このアルバム自体は1971年リリースらしい。
時代を問わず、かっこいいものはかっこいいんだな、と思わされました。あーベースかっこいい。

●The Stone Roses 「The Stone Roses」
去年はフジロックに、今年はサマソニに出演したThe Stone Roses。
このアルバムは私が生まれた年に発売されたのですね。
90年台のマッドチェスター代表格。ピロピロっとした音が懐かしい感じがする。気がする。

●FUN. 「Some Nights」
わりと最近デビューしたのかな?今年のフジロックにも出演してた。
ボーカルのネイト・スミスについては、フレディ・マーキュリーの再来、とか言われているみたいです。
コーラスの感じとか、何となくクイーンっぽいのかも、しれません。

●UA 「AMETORA」
なんとなく聞いたことある、くらいだったUAを改めて。
椎名林檎とかcoccoと並んで、個性的なイメージがあるけれど、曲は心地よく聞きやすいものが多いように感じます。



そうそう、UAといえば、Perfumeとのマッシュアップが超すてきです。


●BEADY EYE 「Different Gear, Still Speeding」
タイのオープンテラス(?)の飲み屋で、アコースティックライブやってるおっちゃんが歌っていたWonderwallを聞いてから、
今更ながらにオアシスにハマっております。
今まで邦楽メインだったんだけど、最近はオアシスきっかけで洋楽も聞くようになった。
ということで、BEADY EYEもちょっと聞いてみようと思った次第です。


●dachambo 「DR. DACHAMBO IN GOONYARA ISLAND」
一昨年のフジロック、ヘブンで聞いたことが思い出されます。
ちょうどインストに興味を持ち始めた頃、パスタ屋時代の師匠から教わったバンドのひとつがdachambo。
これはあえて自棄になって、朝の通勤電車の中とかで聞いちゃうと良い。
これから仕事って時にディジュリドゥの音とか聞くとね、妙なテンションになってきますよ。


以上。
今後もこんな具合で、テキトーすぎる感想文と共に、
iPodに入れた音楽をまとめてメモしておこうかなと思っていますよ。


かしこ

2013年7月13日土曜日

「食べ物の写真を撮る」ということについて


「やたら食べ物の写真撮る人いるけど、意味わからん、早く食えよ冷める、って思う」

という意見の友人とともに、先日ごはん食べてきました。
写真は撮りましたごめんなさい。

私自身はわりと、食べ物とか行った場所とか一緒にいる人とか
何気ないその場の風景を、好んで撮りたい派です。
でも、周りはあまり積極的に写真を撮る人がいないので
なんとなくいつも、こそこそビクビク撮ってます。



なんで人と一緒にいる時に、やたら写真撮る人が嫌だと思うのかというと、
  • 撮るものがある=素敵なものに囲まれている=リア充気取り
  • 写真を撮るという行為=オシャレ気取り
  • どうせあとでFacebookにあげて自慢するつもりなんだろう?
  • 食べるために食べるのか、撮るために食べるのか、本質忘れてるのでは?
あたりが理由になるんじゃないかなあ、と思います。

そんな具合で、写真を撮るという行為や、カメラが趣味の人に対して
「意図的な『自慢』や『承認欲求』を感じずにはいられない」
と感じる風潮は、世間一般にわりと蔓延しているような気がします。
(あくまで私の見ている「世間」と「一般」の範疇でのお話にはなりますが・・・。)

でも結局、写真を撮るのも、批判をするのも、会話をするのも、オシャレするのも、
基本的には自己主張とか承認欲求が根本にある、ということは生きる上で仕方ないと思います。
自分で自分を認識したり、誰かに存在を認識してもらってはじめて、
生きた心地がしてくるものなんじゃないかと。

自分から何かを発することを、いちいち「自慢」「承認欲求」と片付けられてしまったら
写真はおろか、話すことも服を着ることも、何も出来なくなってしまいそうです。



私の場合は、健全に生きるための趣味です。
好きなものの写真を撮ることが。

写真もそうだし、こうしてブログで書いた考え事も、
コレクションにしてwebという棚に並べている感覚です。
そうして、客観的かつ主観的に眺めながら自分を振り返ってみたり、
誰とも知らない人に「ああこういう人がいるんだな」と認識してもらうことで、
自分の存在を確かめている感じ。

私は自分のこと人に話すのがおそろしく苦手だから、
その分写真とかものを書くことで自己主張したり、承認欲求を満たしているところがあります。
きちんと自分を語ることができれば
あえて写真と文章をWebに放り投げることもしなかったかもしれない。

あと、楽しかった日々の写真を眺めてニヤニヤするのは、
つらい日々を生きる時の糧になるという意味でも欠かせません(これ重要)。



承認欲求や自慢は、多くの場合言葉で語られたりして、
誰もがやっていることだと思う。
会話の中で、休日に行った場所の話をしたり、人生観を語ったり、音楽の話をしたり。
写真を撮るのも、音楽やるのも、会話をするのも、手法が違うだけの話。

写真撮るでも自分語りするでも、
表参道の路面店でも高円寺の商店街でも、
ジルスチュアートでもBEAMSでもパタゴニアでも、
それぞれがそれぞれのやり方で自己主張をし、承認欲求を満たしているわけで、
少なからず「他人」から見れば何でも異様だし目に付くのは仕方ない。

そういう、自分と違う手法で自己主張を行う人を
やたら批判したくないなあ、と思ったのですわ。



そういや「オーガニックな人がきらい」という意見もあって。
いわゆる森ガールみたいな。
おしゃれで高いカフェでカメラ持って、
妙に値が張るノンオイルの味が薄いランチを食べてるよね、あいつら、っていう。

いやーおもしろいこと言うな~と、大いに笑いました。

でもそう言うと今度は、
仕事帰りにヨガやジムに通い、
休日は有楽町マルイでショッピング、彼氏と広尾でディナーして、
週末有給でハワイ旅行して、ドトールではなくスターバックを好むよね、あいつら、

と言われても文句は言えないよ姐さん、
とか思っていたのはここだけの話です。

そんなこんなで、嫌って言うほど食べ物の写真を並べてお送りいたしました。
美味しいもの見て元気出します。


かしこ。

2013年5月26日日曜日

「それはEscapismです」

心臓が押しつぶされそうである。


どんなに美味しい麦酒を飲んでも、穏やかな家族の風景を見ても
常に何かに追われている感が止むことはない。

美味しさと穏やかを感じれば感じるほど、
追ってくる焦燥感や憂鬱とのコントラストがくっきりして、妙な泣き笑い状態。

美味しいものは美味しい。
この美味しさも、一時の現実逃避でしかないのか。
いや、もはやこっちが現実だろう。と思いたい。
というか、そう思わないと、とてもこれからの人生続けられる気がしない。

いつも真面目になんてやってられね~
と言うほどに、何事もクソ真面目にしかできない不器用さは、
自分がいちばんよくわかっておる。

もっと適当に楽に考えなよ~
と言うくせに、誰よりも適当になりきれず、勝手に悶絶気味になっているのは、
他の誰でもない、この私です。

「ほんまクソですわー!」


また思い出ができる度にどんどん感傷的になっていくもんだから、
そろそろ身も心も保たないんじゃないかと思えてくる。

楽しい思ひ出に押しつぶされるか
何かに追われている感に勝手に押しつぶされるか
いったいどっちでしょうか。

「揚げたイモがこれほど美味しいとは!」
「歩くことがこれほど楽しいとは!」

言葉はなくとも、表情と動きで伝わってくるその純粋な感動は
現実逃避中の私の心に、いちいち染みてきます。

彼にとって世界は希望で溢れている!
こんなにも眩しい希望のかたまりを世に放つは家族のパワー!

先のことを思うとぶっ潰れそうになっている一方、
「この先が楽しみだ」と思わせてくれる存在に出会ってしまったので
まだ押しつぶされるわけにはいかない。いかないんだ・・・・・・・

余裕など全くない。
怖くてぷるぷる震えております。


かしこ