2015年5月23日土曜日

ジャックパーセルを買った

もはや定番スニーカーの代表格、コンバース・ジャックパーセル(白)を先日買った。

ずっと履いてたコンバースのスキッドグリップ(白)が
車道の油がまじったような泥水がはねてダルメシアン柄になってしまったので、
思い切って新しい白スニーカー買おうと思い、購入した次第です。

ジャックパーセルといえば、ニルヴァーナのカート・コバーンが愛用していたことでも有名で、
グランジファッションには欠かせないアイテムだったりするそうだ。
なんていう状況も、カート・コバーンにとっては非常に不本意なことなのかもしれないけど。

(参考: カートコバーンの遺書を詠む



(これはジャックパーセル履いてないっぽい)


カート・コバーンの話じゃないけど、
「少数派」とか「オルタナティブ」であるからこそカッコよくて価値があったものが、
みんなに憧れられて、大量に消費されるようになったことで、
いつの間にか少数派ではなくメインストリームとなり、
何だかダサいもののような気がして困惑する、ということは現代ではよくあることだと思う。
前にもそんなようなことをブログに書いた。

だから皮肉なことに、他には無い独特の個性に自己を見出そうとしたのに、その点で既に突出していたカリスマモデルをみんながみんな真似するようになるもんで、結局同じようなニット帽にニューバランスのスニーカーを着こなす女子が大量に街中を闊歩するようになるという。
シティボーイ&ガールが街へ歩き出す

これ1年以上前に書いた話だけど、
今見事に「POPEYE(笑)」、「シティボーイ(笑)」、「ニューバランス(笑)」だもんなあ。

少数派でイケてたものが大衆化すると、
「(笑)」が付いて周囲から冷やかされちゃうもんだから、
現代は何とも冷酷な時代だ。
好きなものも素直に好きだと公言できないのは非常に生き辛い。


ただ、ジャックパーセルをはじめコンバースのALL STARやVANSのERAなどは、
もはや単なる流行ではなく定番の域に達しているのではなかろうか。
誰でも気軽に手に入れられるし持っている人もたくさんいるけど、
「かぶるのも当たり前だわな」くらいの気持ちで細かいことは気にせず、
わりと履きやすいスニーカーだと個人的に思っている。

っていう気分で、あんまり気にせずにジャックパーセルを買ったんだけど、
とはいえ今もきっと「あ、ジャックパーセル(笑)」とか冷やかされることも無くはないんだろうな。
でもそんなのキリがないし、好きなものは好きなんじゃボケ、って話なので、
肝を据えて自分が好きな物事を楽しむのが精神衛生上良さそうです。
「(笑)」をつけたがる輩は放っておくに限る。


しかし私も典型的な現代人ゆえ、「(笑)」の冷やかしには日々びくびくしながら生きているし、
全然かっこつかないけど、こういう社会もじっくり見渡してみるとなんだか滑稽ですな。


かしこ。

2015年5月17日日曜日

ファンキー母



母が誕生日プレゼントにGREEN DAYのアルバムを買ってくれたことある。


自分で言うのもあれだけど、うちの母はイカしている。
先日は母の日だったので、今回は母の自慢をしたいと思う。

母は若かりし頃、ビートルズに青春を費やしていた。
私がGREEN DAYに青春を費やしていたのと、同じように(たぶん)。
実家にはビートルズ大辞典、みたいなタイトルの、青い林檎が表紙の古い本があった。
いつかの母の誕生日には、こんな古本をプレゼントしたことがある。



趣味は絵描き。ポップなイラストから油絵まで何でも描きこなし、
美術センスがあったものだから、学校の先生にはよく褒められていたんだ、
と、私の祖母は何度も何度も娘の自慢を嬉しそうに話してくれた。

母の実家は珈琲屋を営んでいたこともあり、コーヒーを淹れるのが昔から得意だった。
長野の人間なので山登りがすきだったりして、ふらっと登山に出かけて、
自前のガスバーナーでコーヒー淹れて飲みながら、山の風景をスケッチしていたという。
ビートルズ以外にもジャズを好んでおり、たぶん珈琲屋でもBGMとして流していたのであろう
古いレコードがいくつか、うちの実家の本棚に今でも残っている。


母と父が付き合っていたころ、二人はよくスキーデートに出かけていた。
デートの時、父は古びたシビックに乗って母を迎えに来てくれたらしい。
古すぎて変な音がする車だったから、父が来たことはすぐにわかったらしい、
というエピソードを聞いたことがある気がする。うろ覚えだけど。


結婚前後、母は雑誌オリーブを読んでいたらしい。
いわゆるオリーブ少女だったということだ。(少女という年齢ではない、と言ったら怒られるかしら)
私が生まれた頃の古いフォトアルバムには確か、
小柄な母がデニムのオーバーオールを着て赤ん坊の私を抱いている写真があった気がする。
わりと年齢不詳な見た目もあってか、昔も今も自由にファッションを楽しんでいた印象はある。
そういや、母が高校の頃だかに買ったというタータンチェック柄のタイツを
私が高校生の頃にもらったことがある。
いまだに破れることなくばっちり履ける状態なんだけど、
さすがに個性的過ぎて、高校以来履いていない。


私が小学生の頃、いきなりスケボーキングのアルバムをジャケ買いしてきた母。
家族でドライブしてる時にもよくスケボーキング流してたけど、
幼心になんかヤバい音楽聴いてるのでは、と思ったものだ。
真心ブラザーズとかミスチルとかMonkey Majikなんかも聴いていたけど、
いつの間にかビョークを聴き始めたり、最近は坂本慎太郎(ゆらゆら帝国)を好んでいる。
このエピソードは、私のバイト時代の仲間からはとても好評だったのだけど、
そのことを母に伝えると、照れつつも嬉しそうにしていたものだ。


これは完全に自己満足というか、ある意味自画自賛でしかないかもしれないけど、
上述のエピソードもあり、うちの母はイカしていると思っている。
これからも独自のセンスで、人生を楽しんでいってほしいし、
私も母のように、いつまでも若々しく好きなことを無邪気に楽しんでいけたらな、と思う。
お母さん、いつもありがとうございます。

かしこ。

2015年4月26日日曜日

週末に筍を茹でた


卑下人間の極みみたいな最低な生活をしばし続けていたけど、なんとまあ単純なことに、気温が暖かくなりおいしいビールが飲めたおかげで完全復活した。


自己満足でしかないのですが、今週末の様子はブログに書くことにします。


まず、新宿の東急ハンズで新しいフライパンを買った。
料理初心者に妙な安心感を与えてくれる故、上京当時に購入したレミパンが限界を迎えたので。
東急ハンズにレミパンも売ってたけど、あれ1万くらいするのか。予想外に高級でびっくりした。
結局買ったのはふつうのテフロンのやつだけど、
軽いし持ち手が木で底がアルミで見た目がかっこいい。
鉄のフライパン最高峰の極シリーズと迷ったけど、お手軽感のあるほうを選んでしまった。
しかしあれだ、蓋を買い忘れた。蓋はやっぱり必要です、あの、目玉焼き作る時とか。

それから週末によく行く商店街の手前にある最強の八百屋へ向かった。
何言ってるのか全くわからない八百屋の男たちの勇ましい伸びの良い掛け声を聞いていると、
これはもはやどこかの民族音楽なのでは、という錯覚を起こす。
CD売ったら案外ニーズあるのではないかしら。
そんな民族音楽(確定)を聞きながらテンション上がるままに、衝動買いしたのは皮付きの筍。
筍の皮にはふさふさした毛が生えていた。とても動物っぽい。

そんな八百屋のある通りの近くには、輸入食品や洋酒を扱ってる店があって、
そこでナンプラーと冷凍の生赤唐辛子を買っていった。
というのも、これまた別の商店街を進んだところに
古道具屋なのになぜかワサワサと新鮮な野菜を売ってる店があって、
そこに我が愛しのパクチーがとても安く売っていたものだから、
今夜はパクチー料理で決まりだ、という話になったのだ。
パクチーといえばナンプラーと唐辛子でタイ料理だろう、という自然な流れだった。

さて、ここでひとつ、筍にまつわる豆知識です。
筍はぬかと唐辛子と一緒に茹でると、灰汁が抜けやすくエグみも取れて良いらしい。
ちなみに最強の八百屋では筍を買うとぬかも無料でつけてくれるから、やっぱり最強。
そして筍は茹でればやわらかくなる、というものではないんだって。
火を通したからと言って別に硬さが変わるわけではなく、
茹でる理由は灰汁を抜くためでしかないらしい。

ということで筍を茹でていると、春の穏やかな香りが台所に充満する。
この香りだけで幸せな気持ちになるし、なんでここ半月ほど卑下人間に成り下がり、
鬱々と過ごしていたのかまったく思い出せなくなって、嫌なことすべて忘れた。
だから、春に悩んだら筍を茹でると良い。
茹であがった筍は、シンプルに塩をまぶし、ちょろっとオリーブオイルをかけて食べることにした。
初めての組み合わせだったけど、春の幸せな味がして一瞬気絶した。
いや、気絶はしてないけど、でもそれくらいおいしかった。

そんなやさしい味わいの筍から一転、
ナンプラーと赤唐辛子とパクチーを使ったタイ風魚の煮つけは辛すぎて涙と汗が出る一品。
辛い物はもともと好きだけど、さすがに生の赤唐辛子の刺激の強さを舐めてはいけなかった。
ちなみに口の中で暴走する辛さを鎮めるには、水を飲むことは逆効果。
ヨーグルトとか乳製品を飲んだ方が、辛さがおさまるらしい。
辛いもの好きのみなさん、よく覚えておきましょう。

それにしても今週末は天気がよかった。
昼間は上着なしで丁度良いくらい。
この日はちょうど近くで大道芸フェスティバルがやっていたけど、絶好のお祭り日和だったんじゃないか。
そんなお祭りを横目に、朝銭湯に行ってコーヒー牛乳を飲んだり
残りの筍を使った炊き込みご飯とお味噌汁を食べたり、
ゴールデンウィーク中に読みたい本を吟味したりしていたら、いつのまにやら日曜も終わりそうだ。

たぶん、こんな休日の過ごし方ができるのはまた1か月後とかそれくらいだと思う。
1か月後とかだと6月手前。もはや初夏の兆しが来るのではないか。
そうだ、今年も我らが夏がやってくるのでは。

そんな具合で、日々の中にちょいちょいと楽しみな目標を置きつつ、
あい変らずなんとか大丈夫だったり、季節に敏感であれたら良いですね。





かしこ。